機関オール ※もうぜんぶ捏造
「会わせたい人達がいます」
機関が構成されてちょうど1年が経とうとしていた頃、森はビルの一室に古泉と新川を呼びつけた。
「私めが同席してもよろしいのでしょうか」
新川は普段の定例会議に出席しないため、不慣れな会議室に肩身が狭い思いをしていた。
「ええ。居て下さい」
「新川さんは僕の精神安定剤ですから」
「恐縮です」
「古泉はそろそろ新川離れしなさい」
「イヤです。それにしてもパトロンの方だなんて、緊張します…」
この1年で大人と接する機会が格段に増えた古泉だったが、それでも初対面の人との会合は緊張するものだった。ましてや機関への出資者となれば、相応の礼節を尽くさなければと身が固くなるのも当然のことだ。
「あなたが身構える必要は無いわ。気を使わず自然でいてって、事前に申しつけられていますので」
「?そうなんですか?」
コン、コン。
ドアを2度ノックする音が聞こえ、ゆっくりと開かれた。
「こんにちは。この部屋で合ってたよね?」
「森園生さんだ、やあ。合ってるよ兄貴」
「同じような部屋がいっぱいあったからさ、迷ったかと思った」
どうやら兄弟らしい2人の男性は、室内の3名の顔を確認するように見回してから入室した。
「こんにちは。この度はご足労頂きまことにありがとうございます」
「そういうのはいいって」
若い方の男がそう言うと、森は頭を上げて口の端を悪戯っぽく吊り上げた。
「私が多丸圭一でこっちが弟の裕。裕と、ええと、森さんは会ったことがあるのだったかな」
「うん。言ってた広報さんね。聡いし面白い方だよ」
「どうも」
バイオで一山当てて大金が舞い込んだので援助しようと思って来たのさ、と、重要な部分をえらく簡単に流し言う多丸兄だった。
「仲間伝いに聞いた“機関”の存在が気になって弟を遣ったのだ。なんでも、悪と戦う正義の組織なんだって?」
「悪、ではございませんが」
「お偉いさんの話は言葉が難しくてよく分かんなかったけど、森さんの話が良かったんだ。変わり者が多いみたいで」
「後で詳しく聞かせてもらうよ。裕が気にいったのなら私も気にいるはずだから。とにかく成金なものだから金の使い方が分からないのさ。有り余って仕方ない」
「兄貴。嫌味に聞こえるよ」
「そんなつもりは無いんだ、失敬」
圭一は全く嫌味を感じさせない、人好きのする笑みを3者に向けた。
圭一も弟の裕もスーツを身に纏っていたものの、物言いと振る舞いが自然体でパトロンのイメージとは掛け離れていた。
「あなた達は本当に、物好きな方々ですね」
森はきっぱりと率直な感想を漏らす。
「君も同じだろう。随分若そうだけど」
「古泉ほどじゃないわ…あ、わたしのことは事前に伝えていますので、省略しまして。こちらが例の能力者です。はい、ご挨拶」
森はそう言って、現在まで眺めているだけだった古泉に促した。
「古泉一樹です。僕は偶然力を授かったゆえに機関に所属しているので物好きじゃありません」
「なに自分だけ線引きしようとしてるのよ」
「ははは、よろしく。」
「しっかりしてるね。いくつ?」
「中学二年生です」
「若いなあ。一樹くんでいいかい?」
「あ、はい」
目の高さを合わせて話をしてくれる多丸兄弟に、古泉の表情が和らいでいった。
「最初に言っておくけど、古泉を甘やかさないようにして下さい。懐けば結構めんどくさい子なので」
「ひどいです森さん…!」
「いいよ。どんどん頼ってくれると嬉しい」
「一樹くんは世界を守るヒーローなんだろ。かっこいいね」
「えへへ」
「頭を撫でない!」
森は早速古泉をちやほやする兄弟を一括してから、見張り番のごとく壁際に直立している新川に目を向けた。
「こちらが新川。わたしと同じく雇われの身です。古泉のサポート役を言いつけられています」
「新川と申します」
「おお。よろしく」
「よろしく、ジェントルマン」
深いお辞儀をして再び沈黙する新川を見やって森は付け加える。
「閉鎖空間発生時に古泉を運ぶことが主な任務ですが、器用なので様々な仕事を増やされがちです」
「新川さんはすごく優しいんです。飴と鞭の飴の方です」
「誰が鞭の方ですか。…新川は何故だか古泉のお弁当までこしらえているし。母親ですか」
「そんな感じですっ」
きらきら輝く瞳を向ける古泉に返す新川の眼差しには不思議と母性を感じさせた。
「古泉のように無駄口を叩かないのでつまらなく感じるかもしれませんが、こう見えて天然入ってます」
「意外におちゃめなのです。それがまたいいんです」
「入っておりませぬ。見た目通りのつまらない者でございます」
「自覚が無いのを天然と言いますからね」
新川は反論しかけたが口を閉ざした。この場で森に口で勝てる者は皆無だった。
「想像してた以上にフランクで愉快な方々だ。よかったね兄貴」
「ああ。上手くやっていけそうな気がする」
「パトロンであるあなた方への態度として全く相応しくないのですけれど…ごめんなさい」
「それは僕らが事前に言ってたんだから。ありがたいよ」
「偉ぶりたいわけじゃないんだ。面白いことがしたいだけだ。楽しい仲間達と一緒にね」
森は微笑んで古泉と新川に身体を向き直す。
「多丸圭一・裕の両名は資金援助をして下さるだけでなく、我々と一緒に任務に就いてくれます。それも無償で」
「えっ。そうなんですか!」
古泉は大きく驚声を上げ、新川も白眉を動かし驚きの表情を作っていた。パトロンの立場で、出資するのみならず労力も貸そうとするなんて前代未聞のことだった。まるで金で面倒を買うような話である。
「さらに、機関というよりもわたし達、の助けをして下さるそうです」
「僕らの…ですか?」
この頃既に機関内で幾つかの派閥に別れかけており、古泉の意識は薄かったのだが、行動を共にすることが多い新川と森の3名が一派を成していると周囲に認識されていた。
「私達は、幹部の命令では無くて君たちの力になるよう働きたい」
「自由に動ける立場を大いに利用させてもらうよ」
「…ありがとうございます……。でもなんで、僕らなんでしょう?」
古泉が疑問に思うのも当然のことだった。古泉にとってこの日が初対面である2人が、これから資金と労力の二面から自分達を支えてくれるという重要な決定を、既に固めているというのだ。
「森から聞いた君の話が興味深くてね」
「子どもなんだか大人なんだか分からない。確かにね」
「ええっ。何を話したんですか?!」
「あること無いこと?あまり気にしない方が幸せかもしれないわね…」
「…では、気にしません」
結局話をはぐらかされてしまい古泉は首を傾げる。圭一は軽快に笑ってから、
「私の会社で研究している“バイオ”を和訳すれば、“生命”という至極明快で誰にとっても馴染みのある単語になる」
「あ、知ってます。それで“バイオテクノロジー”は、遺伝子組み換えとか品種改良などの技術のことを指すんですよね」
「詳しいね。一樹くんは理科は好きかい?」
「はい。理数系の科目が好きなんです」
「気が合いそうだ、是非語り合おうじゃないか」
古泉と兄弟はうんうんと頷き合う。一方沈黙したままの森と新川に気づいた兄の方が「すまない」と声を掛ける。
「マニアックな話は止しておこう。私はね、とにかく純粋に命というものに興味があるのだよ。人間という個体だけでなくて、生物の遺伝子レベルからね。それから理系脳だが哲学的な観点から命を考察することも好きだ」
「ノーマルな研究者からすれば非論理的で非現実的だと一蹴するようなことを逆に受け入れてやりたいと思う。まあ、ただのドリーマーだね」
「ああ。研究が認められ莫大な報酬を得て夢を叶えたように思ったけれど、何故だか物足りない。私達が1番成し遂げたかったのは一体何なのかとね。改めて、この胸で考えてみることにした」
「そんな時に兄貴が祝いの席で“機関”の噂を耳にして、僕が探りを入れさせもらった。僕も、広報というちゃんとした役職では無いけれど、腰の重い兄貴に代わって動くことが多くて。身内だからっていいように扱われている」
「適材適所さ」
「資金援助を考えていると言ったら、機関のお偉いさまはぺらぺらと信じられないような話をたっぷりしてくれたよ。でもね、なんだかいまひとつ面白くない。折角奇妙な業種に職種だと思ったのに、体制と上の考えが普通の会社と変わりないんだよ」
「それ、僕も思いました」
裕が抱いた感想と最初に古泉が機関に感じた印象はよく似ていた。
「で、機関の構成の説明を流し聞いていたのだけど、唯一気になるグループがあったんだ。その少数派閥には“神様”の少女と同年代で最年少の能力者の少年が属していると言う。僕は企業における、いわゆる現場の人に会っておきたいからその3人のうちの誰かと話をさせて欲しいと幹部の人に頼んだ。少し怪訝な顔をされたけど、それならば広報の人間をよこそう、と紹介されたのが森さんだ」
「わたしも少々驚きました。パトロン候補のお方が何故、末端であるわたし達との対面を望むのかと」
「先程言った通り、森さんの話に魅かれたのが協力を決意した理由だ。ちなみに主に森さん自身の考え、一樹くんと新川さんの思いやキャラクターを訊ねた」
「私の主張としてはね」
弟に説明を任せていた圭一が再び口を開く。
「機関も私の会社と同じく、生命をあずかり突き詰めていく組織だと思っている」
「無数の命達ーもちろんその神様の命も含めて。…それらを守る力を所持しているのだからね」
「1人の少女の精神に全世界の命運を賭けているのだろう。言わせてもらうと、生命は会議室で偉ぶる大人達に扱えるテーマでは無いのだよ」
「…なるほど。すごい、圭一さんと裕さんの考え方は何だか格好良いです」
「ありがとう。例の“神様”の少女と一樹くんは同い年だったね?」
「はい。涼宮ハルヒも中学二年です」
「要はその少女にこの世界を楽しんでもらえばいいんだろう。壊すには惜しい世界を演出してみせるとか。そんなのは一樹くんが1番分かるに決まってる」
「僕ですか?」
「ああ。我々は一樹くんが楽しいと思うことをやって行けばいいんじゃないかってね、こう思うわけさ」
「え、いえ、そんなことは……」
そこまで言われると照れくささにたまらずたじろぐ古泉だった。
「やっぱり何だか申し訳無い気も…僕らと同じ立場で働いてくれるなんて」
「立場か。そうだね、我々ばかり注文をつけて悪かった。そちらにも組織における上下の関係というものがあるのだろう。機関の一員となるからには従わせてもらうよ」
「ええ。能力者である古泉は本来別格なのですけれど、」
森が口を開くと古泉は慌てて、
「特別扱いは嫌です!圭一さんと裕さんにも自然に接して欲しいです…あの、僕もそう、しますから…」
「と、いうわけです。理数系仲間でも甘やかし対象でも弄り甲斐のあるオモチャでも、好きに扱ってやって下さい」
「あれ…森さんにとって僕はオモチャなんですか?」
「いいえ。何故?」
森と新川がかつてそうだったように、古泉は能力者であるというだけで年上の大人達に気を遣われることが苦手だった。たまたま得た力のせいで大事に扱われるその態度は壁を作られているように感じて、古泉も心を閉ざしてしまっていた時期があったのだ。
「わかった」
「そうするよ」
兄弟はよく似ている目元を細めた微笑みの表情を浮かべて、短く返答した。
こうして森園生・新川・多丸圭一・多丸裕の4名が古泉一樹の元に集う。彼らは彼らの望むまま、如何なる時も気の置けない仲間であり続けた。
多丸兄弟の位置を自分の中ではっきりさせようと思って書きました。2人とも常に自然体なイメージがあります。短パンにサンダルだからでしょうか。バイオは一応原作から。
古泉が可愛い盛りなこの頃です(?)。新川さんが空気になってしまいましたが確かに愛されています。森さんがいなければ話が進まなそうな古泉一家一派ですね。
【斎(いつき)】 心身をきよめて神に仕えること。また、その人。神をまつる場所。
2008/01/13