古泉×ハルヒ
「今日はもう帰るっ」
彼女はそう言い捨て、乱暴に扉を開けて部室を飛び出して行った。
涼宮ハルヒと「鍵」である彼の口論の発端はいつも些細なものだった。先程の彼女の様子から察するに、閉鎖空間の発生は確実だと思われる。こちらも出動に備えて荷物をまとめ始めておこう。現時点で神人の出現を察知しているわけではないが、この判断は間違っていないはずだ。
長机に肘を突きそっぽを向く彼を一瞥して嘆息する。少しはこちらの身にもなってもらいたいものだ。黙々と読書を続ける長門さんと、部屋の隅でびくびく身体を震わせる朝比奈さんに軽く会釈して、開いたままの扉から退室した。
校門へ向かう途中、グラウンド沿いのベンチに腰掛ける涼宮さんを発見した。とっくに帰宅したかと思っていたのではっと歩みを止め、こちらに気づいた彼女もまた目を大きくして驚きの表情を見せた。
「古泉くん?どうしたの?」
「急なアルバイトが入りまして。本日の団活は早退させて頂こうと思いました」
「そうなの…」
「涼宮さんこそ、既にお帰りになられたかと」
「うん、ちょっとね。頭を冷やしていたの」
涼宮さんらしからぬ静かなトーンの台詞に、どこか切なげな表情だった。閉鎖空間が発生するならば急ぎこの場を後にするべきだったのかもしれない。しかし空間を生み出す張本人を目の前に何の策も講じず去ることは憚られ、何より弱っている様子の彼女を、僕個人の感情が放っておくことができなかった。
「あたし子供だから小さなことですぐ機嫌を損ねちゃうのね。でもそれでイライラしてたら、もっと悪いことが起きる」
「…悪いこととは?」
「古泉くんが、離れて行っちゃう気がするの」
閉鎖空間が発生すると、僕は神人討伐のために団活を抜け出さなければいけない。涼宮さんはそのことを指しているのだろうけど、彼女が僕の動向を気にしていたとは意外だった。僕は十分に間をとって、涼宮さんの横に腰を下ろした。
「古泉くんが側に居てくれるとね、あたしは自然でいられるの」
涼宮さんはそう言ってこちらを見上げてくる。意図を掴みあぐねて言葉を返せずにいると彼女は続けて言う。
「あたしが暴走してもストッパーをかけてくれる。キョンみたいにあからさまに否定することは無いんだけど、悪いことにならないように陰で頑張ってくれてるでしょ?だからあたしは、安心して…何だってできるの」
「いいえ、全ては涼宮さんのお力ですよ。僕は涼宮さんが仰るほど団に貢献できておりません」
「陰で頑張る」とは、閉鎖空間をはじめとする涼宮さんの無意識パワーが発揮された際のフォローのことだ。もちろん力を自覚しているわけでは無いだろうが、彼女の鋭い感覚がどこかで僕の能力のことを見破っているのかもしれない。
「もしあたしにヘンな力が芽生えて、世界を救う勇者を選べる権利があるとするじゃない。あたしは迷わず古泉くんにするわよ。決して力を悪用しない人。どんな状況でも楽しめちゃう人」
「涼宮さん、それは」
「…突拍子もないこと言っちゃったわね。いわゆる、ヒーローヒロインもののファンタジーアニメもしくは漫画に例えた話よ。ほら文化祭で撮った映画みたいな。気にしないで」
文化祭の自主映画制作の際にも感じていた。僕らが必死で隠そうとしている涼宮さんの力のことを、既に彼女自身が知っているのではないかと。
だが彼女は僕という人間を買いかぶりすぎだ。そう告げたくても僕は自分の無力さも伝えられない。涼宮さんの期待を、裏切ってはいけない・・
「あたしが言うんだから…古泉くんはほんとに、すごい人なの。古泉くんに一緒に居て欲しいから、あたしももうちょっと、大人にならないと」
参った。涼宮さんの大きな瞳に映った僕の表情は笑ってしまうほど間抜けで。あなたにはきっと、僕の本当の弱さまで見透かされているんだ。
「僕は涼宮さんを信じています。今のままの涼宮さんが僕は…魅力的だと思います」
「古泉くん……」
あなたはあなたが思うより大人で、僕はあなたが思うより子供で。傍にいて強くなれるのはこちらの方だ。僕が貰った力は超能力なんかじゃ無い。
「あっ、引き止めちゃってごめん!アルバイトは大丈夫?」
僕は携帯を取り出し、メールチェックするフリをした。もう大丈夫だろう。これは超能力者の勘ではなくて…
「キャンセルになりました」
「そう!よかった…。じゃあもうちょっと此処でこうしてましょっ」
ヒロインに誓いを立てるヒーローなんて役柄は、僕にとって勿体無い程だけれど。部活動の喧騒に満ちるグラウンドの端で流れる静かな世界に、僕は祈りを捧げる。
僕が好きなあなたを維持できますように
原作ハルヒはどんどん鋭く、大人になっていっているように思います
2008/1/20